「この映画で語られる事は、すべて実際に起きたことである。」
監督インタビュー
私の父が志願兵となったのは19歳の時だった。ヒロイズムの炎が、若者たちの心と魂に火をつけた。父は陸軍歩兵科の襲撃隊に参加することにした。父は多くの死を招いたカルソ(スべロニアとイタリアの国境地域)とピアーヴェ川(イタリア北部を流れアドリア海に注ぐ川)の戦いのまっただ中にいた。その体験は父の若さ、その後の人生に大きな傷跡を残した。
父は幼い私と兄に戦争の苦悩についてよく話した。塹壕で死が待ち受けていることを知りながら、出撃命令をまつ時間の恐ろしさについて。そして私たちに戦争がいかに人を狂わせるものであるかを分からせようとした。戦友を思い出し、父が涙するのを見たのは一度きりではなかった。第一次世界大戦の従軍兵士は、もはや自らの声で戦争の痛みと苦しみを語ることはできない。しかし彼らが残した言葉や手紙は、事実を誇張することなく、美談にすることもなく、今も残されている。
「小さなエピソード、小さな出来事を、オルミ監督は大きく見せてくれる。」
キャストインタビュー
クラウディオ・サンタマリア(少佐)
この映画は、単なる戦争のかけひきの話ではなく、兵士たちが胸に秘めていた痛みについての物語なのです。オルミ監督は「私たちは、戦争映画を作っているのではなく、戦争が引き起こした痛みについての映画を撮影しているのだ」と言いました。これは詩人が作った映画です。映画を愛する人がこの映画を愛すでしょう。オルミ監督は小さなエピソード、小さな出来事を拡大鏡によって大きくしてみせる素晴らしい能力を持っています。普遍性を持つ映画であり、感情に訴えかけ人を感動させる映画です。
アレッサンドロ・スペルドゥーティ(若い中尉)
戦争は今も世界で起きているのに、僕たちから遠い存在です。この映画に描かれているような若者たちが死と隣り合わせにいます。戦争によって人間性が失われ、人間の命の重要性がおろそかにされているのです。オルミ監督が描きたかったのはそうした現実です。
監督は、「なにかを再現しようとするよりも、人間の深い感情に集中しなさい。君たちが日常話しているように話しなさい。君たちが演じているのは君たちのような若者なんだ」と言いました。また監督は、「唯一の光、唯一の希望は他の兵士の視線から生まれる。つまり他の兵士の人間性だ」とも言っています。
フランチェスコ・フォルミケッティ(大尉)
オルミ監督は「きみの役は、無に向かって航行する船の船長だ」と言いました。兵士たちは、理不尽な命令に、なす術を持ちません。最初僕は、彼らの無力さや痛みを感じることができるのだろうかと思っていました。監督と少佐役のサンタマリアと話しているうちに、サンタマリアが涙ぐみ、僕も感情が高ぶって涙があふれてきました。そして撮影が始まり僕らは無我夢中でしたが、監督の「素晴らしい!」という声で我に返りました。
アンドレア・ディ・マリア(ナポリ出身の兵士)
監督は「きみの役がただ一人、戦争の勝利者だ。彼だけが、全く希望のない状況で、イタリア人にもオーストリア人にも喜びをもたらすのだ」と言いました。彼だけが歌によって、みんなを結びつけることができる・・・その瞬間、戦争は止まるのです。