『苦い銭』は、雲南の故郷を離れて、出稼ぎ労働者が多く働く中国東海岸の街へと向かう、3人の若者の姿を追う場面から始まります。 カメラはそれぞれの人物に近づき、彼らの過酷な労働の日々にあらわれる感情や、賃金を受け取ったときの失望を捉えます。中国社会では、現代ほど「金」が重要な時代は、これまでにありませんでした。今、誰もが裕福になりたいと願っています。しかし現実から見れば、それは誰もが空想の中に生きていると言うしかありません。目にする限り、人生とは不毛です。幻想と失望に満たされた時代にあって、従順な人生を送るために、私たちはしばしば自分の気持ちさえ欺いているのです。“流れゆくこと”は、今日の普通の中国人の重要なテーマです。私は、彼らの物語を語るために、カメラのショットや捉える人物をずらしながら、ある被写体から別の被写体へ、焦点を揺らすようにひとつに絞らずに撮影しました。
1967年11月17日、中国陝西省西安生まれ。
街で生まれたが、飢饉のため幼少時に農村に移り住む。父は出稼ぎに行き、母・妹・弟と暮らす。14歳で父を亡くし、父の職場だった「建設設計院」に職を得て、14歳から24歳まで働く。職場で知り合った建築士らの影響で学問と写真に興味を持ち、瀋陽にある魯迅美術学院写真学科に入学。映像へと関心を移し、卒業後、北京電影学院映像学科に入学。1998年から映画映像作家として北京で仕事を始め、インディペンデントの長編劇映画『偏差』で撮影を担当するが、仕事に恵まれず、瀋陽に戻り、1999年から『鉄西区』の撮影に着手。9時間を超える画期的なドキュメンタリーとして完成させる。同作品は2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリはじめリスボン、マルセイユの国際ドキュメンタリー映画祭、ナント三大陸映画祭などで最高賞を獲得するなど国際的に高い評価を受ける。
続いて、「右派闘争」の時代を生き抜いた女性の証言を記録した『鳳鳴.中国の記憶』(2007年)で2度目の山形国際ドキュメンタリー映画祭グランプリを獲得。2010年には、初の長編劇映画となった『無言歌』を発表。初めて日本で劇場公開され、キネマ旬報の外国映画監督賞にも選ばれた。2012年には雲南省に暮らす幼い姉妹の生活に密着したドキュメンタリー『三姉妹.雲南の子』を発表し、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門グランプリなど数々の国際賞に輝いた。
2013年には本作の配給であるムヴィオラが製作出資した『収容病棟』を発表。中国・雲南省の精神病院を撮影し、収容された一人一人の愛、そして愛を求める姿を大胆に描き、ナント三大陸映画祭銀の気球賞などを受賞。2016年にはミャンマー内戦により中国国境に逃れて来た中国系のタアン族を描いた『Ta'ang』を完成させ、本作『苦い銭』に至る。本作の後には『Mrs.Fang』で2017年ロカルノ国際映画祭金豹賞を受賞している。
また美術のフィールドでも高く注目され、傑作『名前のない男』(2019)をはじめとする多くの映像作品を制作している。2014年には現代アートの殿堂、ポンピドゥー・センター(パリ)にて1カ月以上にわたるワン・ビン監督の回顧展が開催され、今年2017年には、ドイツで5年に一度開催され、ヴェネチア・ビエンナーレと並ぶ現代美術の祭典と言われるドクメンタ14に招聘され、美術作品『15Hours』を発表。ドクメンタ14では回顧上映も行われた。