怒り、悲しみ、苦しみを
幸福に変えていくことが音楽の根源。
そのことに何度も立ち返ることができる。
ラッパー人生において、
間違いなく大切な1本になりました。
怒り、悲しみ、苦しみを
幸福に変えていくことが音楽の根源。
そのことに何度も立ち返ることができる。
ラッパー人生において、
間違いなく大切な1本になりました。
私達を助けに来てください。
乞うけれど神様からの返事はない。
アフリカという
遠く離れた地の暮らしで見つける幸福は、
どこか我々のそれと似ているのかな。
アフリカの匂い、踊り、湿度、
不思議なストリングスやバンド
あやしい音楽。
そのバンドで歌ってる彼女の名前は幸福。
幸福はまだあなたを知らないし
あなたもまだ幸福をしらない。
この映画で是非。
悲惨に負けず誰にも屈せず、
頭を上げ続けることの誇りと孤独。
彼女(フェリシテ)のまなざしの中で、
光と闇が、生への渇望と絶望が、
破格の詩を歌い上げる。
アンリアルなほどの現代コンゴのリアル。
ドキュメンタリーでありアフロ・マジックリアリズム。
神話とダンスホール。
夜と昼の意味の違い。幸福とは?
アフリカ音楽のみならず、
音楽の崇高さに触れたことがある人々は全員が必見。
天真爛漫な景色を期待した私は、
島に楽園を求めてやってくる客人と
同じだったんだなぁ。
『わたしは、幸福(フェリシテ)』は、
キンシャサで暮らす人たちの気持ちを代弁している。
当地には、「今日はこんなもんさ。
明日以降もそんなもんさ」
という言葉があるが、
主人公であるフェリシテは、
そんな中でたくましく生きていく。
キンシャサの空気を余すことなく伝えてくれるのが、
この映画だ。
闇の中の襞に刻まれた宿命と対峙したとき、
人は真実の幸福と出会うのかもしれない。
様々な困難に直面した時、
人はその問題から逃げるのか、
それとも向き合おうとするのか。
現実を受け入れることで得るものとは何なのか。
あたり前のように過ぎていく日常の中で、
自分にとって本当の意味での(幸福)とは何なのかを
この作品を通じて考えさせられました。
ありがとう。
幸福(フェリシテ)にそう伝えたい。
私はアフリカを知らなかった。
そして、私は本当のアフリカを知った。
それは政治や紛争という大きな単位ではなく、
幸福という名の、ただそこに生きる幸運を得た
ひとりの女性によって。
生きるために叫び、歌い、闘う、
フェリシテの日常によって。
カオスと貧困に苦しむ
時々絶望的な生活の中でも、
小さな幸せは見つかるものです。
アフリカには壊れそうで壊れない国が多い。
そんなアフリカを象徴するタフな女性、
フェリシテの物語をぜひ。
タフな国の、タフな女の幸福は、
甘くないぜ。音楽最高!