映画『リンカ リンカ〜あの夏の先』

映画『リンカ リンカ〜あの夏の先』

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日本版予告

INTRODUCTION

【リンカ】(チベット語):①夏の野遊び、②野遊びをする緑地・庭園

夏の断片の積み重なり。
記憶の不安定さと真実の捉えどころのなさ。
ラサで生きる若者たち。
チベット映画の新しい風を伝える [ 日本初チベット女性監督公開作品 ]

ペマツェテン、ソンタルジャら巨匠が描いた
「草原のチベット」や「伝統と現代の対峙」から、
都市のチベット、ラサの若者の個人の心のうちに焦点をあてる新時代へ。
アッバス・キアロスタミ監督からの影響を、
チベット伝統の「語りの文化」に根ざした「語り直す」表現で描く。
若手女性監督カンドゥン、国際的に評価されたデビュー作。

監督は、1995 年にラサで生まれた若手カンドゥン。イランのアッバス・キアロスタミ監督に影響を受けたという本作の「映画内映画」「メタ映画」の構成は、記憶の不安定さと真実の捉えどころのなさを感じさせます。同時にそれは、チベット文化に脈々と受け継がれてきた「語りの文化」に根ざした「語り直し」の表現となり、世代を超えて物語が継がれていく、時の流れにもつながっています。

故ペマツェテン監督やソンタルジャ監督が、チベット映画の新しい才能と認めたカンドゥン監督。このデビュー作で、彼女はその才能の国境を越える国際性と、チベット文化を土台にしたローカリティの融合を見事に証明したと言えるでしょう。

特筆されるのは、かけがえのない美しい夏の断片を重ねていく、瑞々しい描写です。それは、先行するチベット人監督たちの世代が追い求めた「チベットの伝統と現代の対峙」から、より個人的な心の波紋に焦点をあてる新時代への変化とも言えます。幼い頃に思わずしてしまったことへの後悔、わだかまり、痛み。その記憶の扉を開けること。そこには誰もが共感する心のさざなみが瑞々しく描かれています。

また、これまでは草原地域を描くことが多かったチベット映画で、チベット最大の都市であるラサに生きる現代の若者世代をしなやかに活写している点も注目されます。

思春期に内地留学(チベット人居住地域から上海や北京など中国の大都市への留学)を経験する現代のチベット人たちが、自分の中にある伝統とどう向き合っていくのか。そこには、チベットに限らない新しい世代の変化があり、それを繊細に瑞々しく語るカンドゥン監督の表現はとても興味深いものです。

香港国際映画祭では最優秀作品賞と国際映画批評家賞を受賞、台北、ブエノスアイレスでも受賞するなど、多数の国際映画祭で高く評価され、「チベット映画の新しい風」と話題を集めた本作。

カンドゥン監督は主人公サムキの人物描写に自分が経験してきたことを重ねたそうです。『リンカリンカ~あの夏の先』は、日本で初めて公開されるチベット女性監督の長編劇映画です。

STORY

それは宝物?
それともかさぶた?

映画監督を志すサムキは、
いまは離れてしまった幼友だち、
ラモとの記憶を映画にしようと
故郷チベットのラサに戻ってくる。

子供のころの近視のメガネ。
みんなで楽しむリンカ。
父のカメラ。
母の留守。
三つ編み。
キラキラ光る刺繭のおサイフ。
そして中国内地への進学と文通友だち……。

映画の撮影をすすめる中、ある日、サムキは
突然、大人になったラモと再会する。

誰かから見れば、
宝物のような記憶だったかもしれない。
でも本当は、かさぶたになった
記憶なのかもしれない。
どっちなんだろう。

それは本当の記憶?
それとも映画のストーリー?

映画の撮影をする
大人のサムキを描く[ 現在 ]と、
小学生から中学生にかけての
彼女の少女時代を描く[ 回想 ]。
そう思って見ていると、
「これは回想ではなくて、
映画の撮影だったの?」
と揺らぎはじめる。
さらに大人になったサムキとラモが、
幼少期の思い出を語ると、
互いの記憶が
異なっていることが描かれる……。

記憶が真実なのか、わからない。
映画のストーリーが真実なのか、
わからない。
それでも。
そこに美しい夏はあった。

DIRECTOR

監督・脚本 カンドゥン

監督・脚本 カンドゥン

1995 年、チベットのラサ生まれ。脚本家、監督。北京で映画を学ぶ。ラサの若者世代やサブカルチャーコミュニティを繊細なタッチで描く作風で知られる。短編映画 “Orlo with Karma” は 2025 年西寧 FIRST 青年映画祭、バンクーバー国際映画祭に入選。本作が長編デビュー作である。現在はラサ在住。

*東京国際映画祭での本作上映時には監督名は「カンドゥルン」と表記されたが、実際のチベット語発音の「カンドゥン」を採用。

COMMENT

瑞々しい。映画にそんな感情を抱いたのは、何年ぶりだろうか。
いや、何十年ぶりかもしれない。
カンドゥン監督は大人の価値観を捨てて、見事に子どもそのものに迫っている。

ひこ・田中(児童文学作家)

「あなたとのことを映画にしてる」「映画はいつだって現実より美しいよね」とは、
主人公とかつての親友の会話。では、記憶はどうか。
『リンカリンカ』は記憶における痛みや傷や悔いを、
むしろ現実よりもシビアに描こうとしているように思える。
そこが、いい。だからこそ、この映画は美しい!

豊崎由美(書評家)

ラサの短い夏。降り注ぐ陽光と心地よい風。
きらめくような少女の時間に突き刺さる一本のトゲ。
それに向き合った時、彼女の人生はようやく動き始める。
このみずみずしさに出会えて心から嬉しい。

星野博美(ノンフィクション作家)

過去と現在を旅するような映画に、いつしか迷い込んでいた。
子どもの頃の夏の日の輝き、ときにぶつかりあう家族や友達。
たとえ大人になって見失っても、大切なものはすぐそばにあると、
ラサのやさしい風が教えてくれる。

工藤純子(児童文学作家)

これまで日本で公開されてきたチベット映画は、
我々の日常とはかけ離れた特別な世界を呈示するものが多かったと思う。
しかし本作は、親子の情、家族の関係、友情、裏切りや嫉妬、
そして時間とともに移ろう人間の記憶をテーマとしているので、とても身近で受け入れやすい。
また同時に、背景となるチベットの文化や生活習慣も
しっかり描いている点が大変すぐれている。

飯塚容(中国文学者/中央大学名誉教授)

本物の知性が、つつましい感情が、日常の積み重ねやささやかな
歓びや哀しみの数々のなかに現れる。
驚くほど品があり、自然で、よどみない。

Sebastián Rosal、BAFICI公式サイト(アルゼンチン)

記憶は思い込みによって歪められたり、書き換えられたりすることがある。
私たちは自分自身にも、周囲の人にも、あまりに厳しすぎるのかもしれない——
そんなことに気づかせてくれる。

Giulia Pugliese、i-filmsonline(イタリア)

私がこれまで抱いていたチベット映画の印象が根本から揺さぶられた。

Pan Wenbo、Singapore Film Society(シンガポール)

そのまなざしは精緻でいて優しく、物語は重層的で魅力的だ。
過去、過去の記憶、そして現在のラサが巧みに織り合わされている。
若き監督カンドゥンは、今日のチベット映画における
新たな見逃せない才能として頭角を現した。

台北映画祭(台湾)特別審査員賞 表彰コメント

息を飲む映像美と心に響く感情表現で、
観客を見たことのない世界へと招き入れる。
レジリエンス、アイデンティティ、
そして私たちを形作る通過儀礼についての物語は、
観る者に希望を与え、深い感動を残すだろう。

シネクエスト映画祭(アメリカ合衆国)

この作品には「今しか撮れない」という切実さと、
創作への切迫した熱量がある。
決して習作的な危うさはなく、『リンカリンカ』は確固たる作家性と
明確なテーマ性を備えており、
監督が並外れた感性とビジョンを持つ作り手であることを印象づける。

Sara Simi㶛(クロアチア)、国際映画批評家連盟

順不同・敬称略

FLYER

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