2022年ベルリン国際映画祭国際映画批評家連盟賞 イタリア映画祭2023オープニング作品
わたしは見た。何を?
原題:レオノーラ・アディオ|英語題:Leonora Addio|2022|イタリア映画|90分|モノクロ&カラー 監督・脚本:パオロ・タヴィアーニ|出演:ファブリツィオ・フェッラカーネ、マッテオ・ピッティルーティ、ロベルト・エルリツカ(声)
字幕:磯尚太郎|字幕監修:関口英子|配給:ムヴィオラ|後援:イタリア大使館|特別協力:イタリア文化会館
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Introduction&Story
ローマからシチリアへ。トラブル続きの旅のなか、遺灰が見たものは?
映画の主人公は、1936年に亡くなったノーベル賞作家ピランデッロの“遺灰”である。死に際し、「遺灰は故郷シチリアに」と遺言を残すが、時の独裁者ムッソリーニは、作家の遺灰をローマから手放さなかった。戦後、ようやく彼の遺灰が、故郷へ帰還することに。ところが、アメリカ軍の飛行機には搭乗拒否されるわ、はたまた遺灰が入った壺が忽然と消えるわ、次々にトラブルが…。遺灰はシチリアにたどり着けるのだろうか——?!
ユーモアと。美しさと。名匠タヴィアーニが、わずか90分に戦後史と人間の運命を凝縮した傑作。
『父/パードレ・パドローネ』『カオス・シチリア物語』『グッドモーニング・バビロン!』などで知られる世界的な名匠タヴィアーニ兄弟の現在91歳の弟パオロが初めて一人で監督(2018年に兄ヴィットリオは死去)。“遺灰”の旅は、熱情とユーモアを持って描かれ、イタリアの戦後史をも語る。そのモノクローム映像の美しさ、音楽の美しさ、ゆったりした語り。わずか90分に映画の豊かさが凝縮されている。
エピローグ『釘』―ピランデッロ作
映画の主人公は1936年に亡くなった作家ルイジ・ピランデッロの遺灰だが、本作の最後は作家の遺作短編小説『釘』を鮮やかなカラーで映像化した短編で締めくくられている。
Director
兄ヴィットリオとともに〈タヴィアーニ兄弟〉として、映画史に残る数々の映画を作り続けた世界的名匠。
監督・脚本 パオロ・タヴィアーニ
Paolo Taviani
1931年11月8日、北イタリアのトスカーナ地方、サン・ミニアート生まれ。1929年9月20日生まれの兄ヴィットリオとともに幼い頃から音楽に親しむ。1946年、ピサのシネクラブで見たロベルト・ロッセリーニ監督の『戦火のかなた』に大きな衝撃を受け、兄ヴィットリオとともに映画監督を志す。1977年、兄とふたりで監督した『父/パードレ・パドローネ』がカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールと国際批評家大賞をダブル受賞し、国際的な評価を獲得。1982年には、『サン★ロレンツォの夜』で同映画祭の審査員特別グランプリを受賞。1984年には、本作に「遺灰」で登場するルイジ・ピランデッロのいくつかの短編を原作とした『カオス・シチリア物語』が世界中で大ヒットを記録。1987年にはD・W・グリフィスの大作『イントレランス』のセット建設に参加した職人兄弟を描いた『グッドモーニング・バビロン!』が、日本でも記録的なヒットとなり、1987年キネマ旬報外国映画ベスト・テン第1位にも選ばれた。その後も秀作を発表しつづけ、2012年の『塀の中のジュリアス・シーザー』はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。2018年4月、兄ヴィットリオが88歳で死去。本作が、兄の死後初めて、パオロが一人の名前で発表した作品となる。
Director's Interview
          本作のアイディアのきっかけを教えてください。
この映画のアイディアは、『カオス・シチリア物語』を完成させたときに遡る。『カオス~』の終わりに、実は「ピランデッロの灰」という物語を加えるつもりだったのだ。ピランデッロの小説にそんなものはないが、映画全体から見れば、僕らが自分で作った掌編であっても、それがピランデッロの短編と同じ土壌から生まれたものならば、映画に加えて良いだろうと思った。ところが、資金を使い果たしてしまって作れなかった。
          美しいモノクロームの映像に感銘しました。遺灰の物語を白黒で撮影した理由は?
映画はスウェーデンでのノーベル賞授賞式から始まる。1934年のことだ。だから始まりは白黒だが、この(遺灰の)物語を語るために白黒での撮影を続けることにした。数多くの白黒の記録 映像を見たが、第二次世界大戦後のイタリア映画の映像を思い起こしたり、見返したりするうちに、戦後の映画の中にある真実は、記録映像の中にある真実を超えているのではないかということに気付いた。ヴィスコンティ、ロッセリーニ、ラットゥアーダの映画にこそ、本物の真実があると。映画の後半(エピローグ『釘』)には色彩があふれている。それはこの物語の主人公の少年の超現実的な行為を語るために必要だったからだ。この短編小説は、ピランデッロが死の20日前に書いた。この小説で彼が何を思っていたのかを考えると、ピランデッロという人物が、いかに厳しい目で人生を見ていたのか、ということに思い至る。
          音楽も素晴らしい。ニコラ・ピオヴァーニさんとの仕事は、どんなものなのでしょうか?
彼との仕事は、(兄の)ヴィットリオと仕事をするのと同じような感覚だ。私たちの映画にずっと寄り添ってくれた音楽家だからね。『サン★ロレンツォの夜』から、途切れることなく関係が続 いている。彼は偉大な音楽家だが、それはオスカーを獲ったからではなく、それ以上の存在なのだ。ともあれ、彼が賞を獲ってよかった!
*ピオヴァーニはロベルト・ベニーニ監督の『ライフ・イズ・ビューティフル』でアカデミー作曲賞を受賞している。
          初めてお一人で監督をして、何か変化や新たに発見したことはありまし たか?
ヴィットリオは、やはり常に私の映画の中にいる。初めて一人で映画を撮影したが、私はシーンを撮り終えるたびに、「カット!いいね」と言って、ヴィットリオの確認を得るために振 り返っていたそうだよ。彼はもういないのに。新たに発見したことは?という質問だが、新しい発見は常にあるものだ。でなければ、この仕事を続ける意味はない。これこそが、この仕事を、世界で最も素晴らしい仕事のひとつにしている、喜びにみちた原動力だからね。
国際版プレス(翻訳:磯尚太郎)、日本公開用オリジナルインタビュー(翻訳:本谷麻子)より抜粋
Staff
音楽:ニコラ・ピオヴァーニ
Nicola Piovani
1946年、ローマ生まれ。ミラノ音楽院でピアノを学んだのち、『日曜はダメよ』(1960)主題歌で知られるギリシャの作曲家マノス・ハジダキスに師事する。70年代以降映画音楽を手がけ、マルコ・ベロッキオ、ジュゼッペ・トルナトーレ、ナンニ・モレッティ、ロベルト・ベニーニ、スペインのビガス・ルナなど多くの著名監督と組む。巨匠ニーノ・ロータ亡きあとはフェデリコ・フェリーニにも重用された。『サン★ロレンツォの夜』、『カオス・シチリア物語』(1984)、『グッドモーニング・バビロン!』(1987)をはじめタヴィアーニ兄弟の映画にも度々音楽を提供。本作は『復活』(2001)以来久々のタヴィアーニ作品となる。アカデミー作曲賞を受賞した『ライフ・イズ・ビューティフル』(ロベルト・ベニーニ、1997)の音楽で世界的に有名。
撮影:パオロ・カルネーラ
Paolo Carnera
1957年、ヴェネチア生まれ。イタリア国立映画実験センターで学び、名撮影監督カルロ・ディ・パルマに師事する。卒業後、同校で同級生だったフランチェスカ・アルキブージの『黄昏に瞳やさしく』(1990)や『かぼちゃ大王』(1993)、サルヴァトーレ・サンペリ『青い体験2000』(1991)などで撮影を担当。近年の代表作にステファノ・ソッリマ『バスターズ』(2012)、『暗黒街』(2015)、エリック・ゾンカ『警視ヴィスコンティ 黒の失踪』(2018)、ディンノチェンツォ兄弟『悪の寓話』(2000)、『アメリカ・ラティーナ』(2021)、ラミン・バーラニ『ザ・ホワイトタイガー』(2021、インド=アメリカ)など。『悪の寓話』でイタリアのナストロ・ダルジェント撮影賞を受賞したほか、ダヴィド・ディ・ドナテッロ撮影賞に5回ノミネートされている。
撮影:シモーネ・ザンパーニ
Simone Zampagni
1990年代からエットーレ・スコラ、ナンニ・モレッティなど巨匠たちの現場で撮影助手として経験を積む。タヴィアーニ兄弟作品では『笑う男』(1998)、『復活』(2001)、『サンフェリーチェ/運命の愛』(2004)、『ひばり農園』(2007)で撮影助手を務めたのち、『塀の中のジュリアス・シーザー』(2012)、『素晴らしきボッカッチョ』(2015)、『レインボウ』(2017)で撮影監督を担当。『塀の中のジュリアス・シーザー』でダヴィド・ディ・ドナテッロ撮影賞、『レインボウ』でイタリア・ゴールデングローブ賞撮影賞にノミネートされた。
編集:ロベルト・ペルピニャーニ
Roberto Perpignani
1941年、ローマ生まれ。オーソン・ウェルズ『審判』(1963)で編集助手を務め、キャリアをスタート。以降ベルナルド・ベルトルッチ『革命前夜』(1964)、『ベルトルッチの分身』(1968)、『暗殺のオペラ』(1970)、『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972/共同編集)、マルコ・ベロッキオ『中国は近い』(1967)、ナンニ・モレッティ『監督ミケーレの黄金の夢』(1981)、マイケル・ラドフォード『イル・ポスティーノ』(1994)など多くの名匠と仕事を共にする。特にタヴィアーニ兄弟との協働歴は長く、『サン・ミケーレのおんどりさん』(1972)以降ほぼ全ての作品で編集を担当。『サン★ロレンツォの夜』(1982)、『イル・ポスティーノ』、『塀の中のジュリアス・シーザー』(2012)でダヴィド・ディ・ドナテッロ撮影賞を3回受賞するなど、受賞歴多数。
Cast
シチリア島アグリジェント市の特使
ファブリツィオ・フェッラカーネ 
Fabrizio Ferracane
1975年、シチリア生まれ。舞台俳優として活動していたが、ジュゼッペ・トルナトーレ『マレーナ』(2000)で映画デビューして以降、多くの映画やテレビドラマに出演。主な出演映画にフランチェスコ・ムンズィ『黒の魂』(2014/イタリア映画祭2015で上映)、マルコ・ベロッキオ『シチリアーノ 裏切りの美学』(2019)、アンドレア・デ・シーカ『私を殺さないで』(2021)、レオナルド・ディ・コスタンツォ『内なる檻』(2021/イタリア映画祭2022で上映)など。『シチリアーノ 裏切りの美学』ではナストロ・ダルジェント助演男優賞を受賞した。
バスティアネッド
マッテオ・ピッティルーティ
Matteo Pittiruti
2007年、ローマ生まれ。2017年、テレビドラマ「Che Dio ci aiuti(神の助けを)」でデビューしたのち、マイケル・ラドフォード監督の映画『アンドレア・ボチェッリ 奇跡のテノール』(2017)に出演。本作で2本目の映画出演となる。
ピランデッロの声
ロベルト・エルリツカ
Roberto Herlitzka
1935年、トリノ生まれ。1970年代から映画に出演。マルコ・ベロッキオ作品の常連で、『蝶の夢』(1994)、『夜よ、こんにちは』(2003)、『眠れる美女』(2012)、『私の血に流れる血』(2015)、『甘き人生』(2016)などに出演。『夜よ、こんにちは』ではダヴィド・ディ・ドナテッロ助演男優賞、ナストロ・ダルジェント助演男優賞を受賞した。他の代表作にリナ・ウェルトミューラー『セブン・ビューティーズ』(1975)、ニキータ・ミハルコフ『黒い瞳』(1987)、パオロ・ソレンティーノ『グレート・ビューティー/追憶のローマ』(2012)、『LORO 欲望のイタリア』(2018)など。
Comment/Review
(順不同・敬称略)
芸術と言わしめるものは何なのか?
その何かに引き込まれるように作品に魅入ってしまった。
草刈民代
女優
日独伊は破れた
敗戦直後は伊も日も同じような状態だった
モノクローム画面は日本のその時代と一致する
大変な長旅の終わりが近づいて
画面が突然 見事な総天然色になる
更に ピランデルロ氏が死の20日前に書き上げた小説が
映像化されている
とんでもないおまけ付きの映画なのだ
最後に 我々観客への拍手喝采で映画は幕を閉じる
久米宏
フリーアナウンサー
自らの死が遺される者の負担にならぬよう、
死ぬ前に徒歩で墓に向かう人物を描いた
ピランデッロ(「自力で」関口英子訳『月を見つけたチャウラ』)。
己の遺灰の輸送をめぐる
悶着が映画に添えるユーモアの味まで予測していたのだろうか。
白崎容子
『ピランデッロ短編集 カオス・シチリア物語』
翻訳(須賀敦子翻訳賞受賞)
作家の遺灰をローマからシチリアに運ぶという設定がまずすばらしい。
しかしこれは冒険小説ではない。
その過程は数々の映画的記憶、
ピランデッロやタヴィアーニ自身の過去作品を再俯瞰する旅になっている。
あの少年にまた遇えるとは。
とり・みき
マンガ家
久々に思考の迷宮に閉じ込められた。
ピランデッロの作品に初めて出会ったときのような
心地よさは暫くしてからやってくる。
長塚圭史
劇作家・演出家・俳優
モノクロームで線描された軽やかな遺灰の旅。
残された者と去っていく者の間には、それぞれの旅がある。
思い出すことは信じること。
この映画は落穂拾いのように記憶を拾い集めていく。
灰になったあなた=フィルムとの旅を再び始めるために。
宮代大嗣
映画批評



ベルイマン、黒澤、ヴァルダ、オリヴェイラらのように。
キャリア晩年に到達した哲学の表明。
その殿堂に仲間入りする重要な作品だ。
Jonathan Romney
Screen Daily)
悲しみやノスタルジーとともに、
しかし、しなやかな精神をもって、
一人の芸術家が、
70年にわたるキャリアを総括しているのが見える。
David Rooney
The Hollywood Reporter)
ルイジ・ピランデッロに、
監督自身の若かりし日々に、母国イタリアに
そして、映画に捧げられたオマージュでありながら、
老大家のいつものタッチの軽やかさが現れている。
Vladan Petkovic
(Cineuropa)
戦後イタリアのトラウマを、
記録映像やネオレアリズモの傑作からの
ヴァラエティに富んだ抜粋を使いながら、
タヴィアーニは繊細かつ純潔な手さばきで構成している。
Eberhard von Elterlein
Berliner Morgenpost)
あまりに美しい映像!
Lida Bach
Moviebreak)
ただ悲しみに沈むのとは違う。
そこには不条理とグロテスクへの探究があり、
それらはどんな悲惨な瞬間であっても観客の笑いを誘う。
Janick Nolting
Filmstarts)