Q 『春江水暖~しゅんこうすいだん』は、中国山水画の傑作「富春山居図」からインスピレーションを受けたそうですね。
「富春山居図」は富陽で描かれた絵画です。中国と西洋はそれぞれの芸術的美学を持っていますよね。どちらが優れている、劣っているということではなく、ただ二つの美学には違いがあるだけです。西洋の絵画における特徴のひとつは空間を表現することですが、中国の伝統的な風景画は、宇宙的な感覚、時の永遠や空間の無限を記録するために、時間と戯れることを試みるのです。
その表現のために、中国絵画は時に現実的な光や影の表現といった他の要素をあえて排します。「富春山居図」の画家、黄公望は常に絵画の焦点を変化させ、統一された完璧な視覚体験の中に様々な角度を取り入れているのです。鑑賞者は絵画の中を流れいき、立ち止まり、自分も空に浮かんで飛んでいるような気分になったり、大地を感じたり、森の中にいるような気持ちになったりします。それは絵画という二次元的なものから解き放たれる経験です。伝統的な絵巻は右から左へとゆっくり観賞します。巻物を進めるごとに少しずつ、更なるイメージやプロットが見えてくるんです。それって何だか映画のようだと思いませんか。
Q 監督はこの映画を作る前から山水画に関心があったのですか?
細々とバイトの仕事をしていた頃、撮影の仕事をもらったんですが、それは書道教室の動画を撮るという依頼でした。そこで教えていたのが若い先生で、書道に始まり、中国の文人や思想についていろいろ教えてくれて、とても触発されました。それで、山水画を含む中国の伝統芸術に目覚めたんです。それから一年くらい経って、故郷の富陽で映画を撮るとなった時、避けては通れない歴史的な遺産が「富春山居図」だったというわけです。
地元を描いた素晴らしい芸術が残されているのですから、この偉大な芸術品がここにある意味や、絵に描かれた場所に今生きていて、この絵をどのように扱うべきなのかを考えました。そして、中国の伝統的な山水画を映画に変換して描いたら、面白いのではないかと考えついたんです。「富春山居図」があったからこそのアイデアです。ただ、脚本を書いている段階では、長い絵巻物を展開していくようなスタイルにできたらいいなと思っていただけで、実際にどうやって撮影し、どうやって絵巻物のように見せるかというのは、クルーと一緒に模索していきました。
Q 監督と意思の共有ができるクルーだったのですね。どのような人たちですか?
経験豊富なスタッフはいませんでした。年齢的には自分と同じくらい、年下の人もいました。アート系映画やネット系のドラマなど劇映画の経験はありましたが、いわゆる商業的な大きな映画システムに入っている人はいませんでした。2年という時間をかけて撮ったというのが、スタッフにも良かったと思います。大体の人の経験値が同じくらいなので、1年目はとにかく撮影ができればいいという感じで、ただ撮影が回るように働くだけで精いっぱいでした。でも2年目になると皆に余裕がでてきて、現場でクリエイティブなことをどんどん発展させられるようになったと思います。
中国の仕事の出世スピードってすごく早いんですね。映画を志す若者も、どんどん上に行こうとして、それこそアシスタントだった人が1年でセカンド助監督になったり、撮影監督になっていたり。そんな中で、2年という長い時間をかけられたことで、皆ゆっくりと自分の仕事を成長させることができたり、経験できたっていうのも良かったと思います。
*ホンマさんは2020年に鑑賞のため