緑はよみがえる

解説

イタリアの名匠エルマンノ・オルミ監督が80歳を過ぎて、自らの父に捧げた特別な物語。

『木靴の樹』(78)で北イタリアに暮らす貧しい農民のつつましい日々を描き、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞し、『聖なる酔っぱらいの伝説』(88)で宿無しの酔っぱらいにおきる不思議な出来事を寓話的に描いて、ヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したイタリアの名匠、エルマンノ・オルミ。常に弱者に寄り添い、慈しみに満ちた眼差しで人間を見つめながら、同時に混迷を深める時代に対して根源的な問いを投げかけ続けてきた。そのオルミ監督が80歳を過ぎた今、本作で描いたのは幼い日に見た父の涙の意味---。「父はヒロイズムに駆られ、19歳で第一次世界大戦に従軍しました。しかし、過酷な戦場での体験はその後の父の人生を変えてしまいました。戦友を思い、父が涙するのを見たのは一度きりではありません」。終生心から離れなかった父の涙。オルミ監督は本作を父に捧げている。

白銀の山々が静かに見つめる、
塹壕の若き兵士たちの恐れと痛み。
いま伝えたい、自然と、人と、戦争の真実。

1917年冬、第一次世界大戦下の北イタリア。銃を向けあう人間のほかは、野ウサギやキツネがときおり姿を見せるだけの沈黙に包まれた銀世界だ。イタリア軍とオーストリア軍は、塹壕を掘って対峙し、戦いは膠着していた。兵士たちは、いつ落ちてくるかわからない砲弾に怯えながら、塹壕の中、ただ故郷の思い出だけを心の支えに任務についていた。そんな前線にある日、まだ少年の面影を残す若い中尉が送られてくる。想像とは違う戦争の恐ろしさを前にしてもなお、彼は母への手紙をこう綴る。「愛する母さん、一番難しいのは、人を赦すことですが、人が人を赦せなければ人間とは何なのでしょうか」と---。
モノクロームかと思うほどに色調を落とした塹壕の静寂と、外に広がる自然の沈黙を対比させた美しい映像。何も知らされないまま戦地に送り込まれた若者たちの痛みと悲しみ。名匠オルミは、自然の中に戦争の愚かさとともに、人間の命の尊さを静かに描き出す。そして紛争がひろがる現代に、憎しみを越えて人間を信じること、赦すことの大切さを、私たちの心に訴えかけてくる。

イタリア・アルプスをとらえた見事な撮影、
郷愁をさそう哀愁の音楽。

撮影はヴェネト州アジアーゴ高原で、2014年1月から2月にかけて行われた。5mにも及ぶ雪が降り積もり、時に気温はマイナス30度に達したという。戦争を知らない若い俳優たちは、塹壕の過酷な環境に身をおくことで、当時の兵士たちの恐れと痛みを体感し、この映画を作り上げた。
雪につつまれた冬山の厳しい自然を、この上なく美しい映像で表現したのは、監督の息子でもある撮影監督のファビオ・オルミ。娘エリザベッタもプロデューサーを務め、父エルマンノの想いをかなえるために、家族がひとつになった。亡き父からオルミへ、オルミから子供たちへ、語り継がれる記憶が本作に結実している。
そして静謐な映画だからこそ、音楽もまた重要な役割を果たす。白雪の戦場で歌われるナポリ民謡「泣かないお前」や鬼才パゾリーニも好んで使った「光さす窓辺」が故郷への想いをつのらせ、イタリアを代表する世界的ジャズ・トランペット奏者で作曲家のパオロ・フレスによる哀愁に満ちたテーマ曲が見る者の涙を誘う。