INTRODUCTION & STORY
どこへ歩き出せばいい?
どこへ歩き出せばいい?
時代は1931年のベルリン。狂騒と頽廃の20年代から出口のない不況へ、人々の心に生まれた空虚な隙間に入り込むように、ひたひたとナチスの足音が聞こえてくる。どこか現代にも重なる時代、作家を志してベルリンにやってきたファビアンはどこへ行くべきか惑い、立ち尽くす。コルネリアとの恋。ただ一人の「親友」ラブーデの破滅。コルネリアは女優を目指しファビアンの元を離れるが……。
原作は「飛ぶ教室」などで知られる児童文学の大家エーリヒ・ケストナー、唯一の大人向け長編小説にして最高傑作の「ファビアン あるモラリストの物語」である。刺激的にカリカチュアされた映像のコラージュなどを縦横無尽に駆使して原作小説を映画化したのは本邦初公開の監督ドミニク・グラフ。『ある画家の数奇な運命』でも共演したドイツ映画界のトップスター、トム・シリングとザスキア・ローゼンダールが主演している。ベルリン国際映画祭で絶賛され、ドイツ映画賞で最多10部門のノミネートに輝いた。
DIRECTOR
監督
ドミニク・グラフ
Dominik Graf
PROFILE
1952年、ミュンヘン生まれ。ミュンヘンTV映画大学を卒業後、脚本家・監督として活動を始め、1979年に長編映画監督デビュー。シネフィル的なジャンル映画への指向を持った才能で高く評価され、バイエルンやブリュッセルなどの映画祭で受賞。1994年に大予算の犯罪映画「Die Sieger (The Invincibles)」を手掛けた際にプロデユーサーと衝突し、以来、テレビ映画を中心に活躍。グラフのテレビ映画は評価の高いものばかりで、ドイツの最も権威あるテレビ賞であるアドルフ・グリメ賞やドイツテレビ賞など数多の賞に輝いている。
ベルリン国際映画祭には本作に加え、『Der Felsen (A Map of Heart)』(2002)、『Die geliebten Schwestern(Beloved Sisters)』(2014)の3作品がコンペ部門に出品され、本作は『Die geliebten Schwestern』以来の劇場長編映画となる。長年のパートナーはアカデミー外国語映画賞受賞の『名もなきアフリカの地で』(2002)などで知られるカロリーネ・リンク監督。
主なフィルモグラフィー
*未公開作は原題とその訳を表記(ベルリン映画祭出品作は英語題も表記)
1979
Der kostbare Gast(大切な客人)
バヴァリア映画賞Young Film監督賞
1988
Die Katze(猫)
ドイツ映画賞作品賞金賞
1996
Sperling(雀)
アドルフ・グリメ賞Fiction/Entertainment賞
2002
Der Felsen(A Map of Heart/その岩)
Die Freunde der Freunde(友達の友達)
ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品
アドルフ・グリメ賞 Fiction/Entertainment賞
2004
Kalter Frühling(寒い冬)
ドイツテレビ賞ミニシリーズ監督賞
2010
Im Angesicht des Verbrechens(犯罪に直面して)
ドイツテレビ賞ミニシリーズ最優秀作品賞
アドルフ・グリメ賞Fiction賞
2014
Die geliebten Schwestern(Beloved Sisters/最愛の姉妹)
ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品
2021
さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について Fabian oder Der Gang vor die Hunde
(Fabian - Going to the Dogs/ファビアン、破滅していく)
    
DIRECTOR'S INTERVIEW
―この映画は、現代のハイデルベルガー・プラッツ駅から1930年代初頭のワイマール共和国へと観客を連れて行く移動ショットから始まります。なぜこのようなオープニングにしたのですか?
ドミニク・グラフ(以下DG):現代とのつながりを作りたかったのです。僕はこの映画をドキュメンタリー風に始めたら素晴らしいだろうと考えました。「いま・ここ」、2020年代の陳腐な日常で、世紀末の建築に囲まれて、普通の人々が普通のリュックサックを背負って歩いている。彼らはやがて列をつくり、階段の左側に並ぶ。さて、列の先には何がある? それはほとんど不気味に感じられました。そして僕たちはカメラを構えてトンネルを通り抜け、過去の時代に至ります。そこには光が降りそそいでいますが、同時にドイツの最も暗い時代―これからどこまで暗くなっていくのかさえ分からないような時代でもあるのです。
―トム・シリングを本作の主役に据えようと思った理由は?
DG:トム・シリングがこの役を演じたくないと言ったなら、僕はこの映画を撮らなかったでしょう。僕にとって彼は、この複雑な主人公を演じる上で理想的な俳優でした。トムは彼でなくてはできないようなやり方で、ケストナーの時代やワイマール期のベルリンと私たちの時代とを極めて直接的に繋げてくれました。ファビアンは時代を超えた存在だと思っています。あの時代のベルリンに完全に根ざしていながら、同時に時代の流れの中で異質な存在でもあった。彼は自分を取り囲む没落に巻き込まれまいとしながら、ほとんど嬉々としてその記録者となっていました。しかしやがて、情動が彼を押し流していくのです。
―ドイツでは近年、本作同様にワイマール期の後期・ナチス台頭の前夜を時代背景にしたテレビ映画シリーズ『バビロン・ベルリン』も大きな話題となりましたが、その理由は「現代が当時の社会状況に似ているから」だという声を聞きました。あなたはどう感じますか?
DG:はい、その通りです。危機的な政治状況のために、ドイツでは今再び、ワイマール共和国への関心が急激に高まっています。私は間違いなく2022年のドイツ社会をワイマールと重ね合わせています。あのポーランドや右翼・左翼の間で引き裂かれ、政治が麻痺した共和国と。しかし今、ドイツだけではなく、世界中のほとんど全ての場所が同じ状況にあると言えるのではないでしょうか。
*本インタビューは日本の配給会社のメールインタビュー(2022/3)に下記のインタビューの抜粋を加えたものとなります。

インタビュー出典:
MUBI『Close to the Abyss: Dominik Graf Discusses "Fabian:Going to the Dogs" 』(Daniel Kasman、2022/2/11)
Jumpcut『INTERVIEW: ‘Fabian: Going to the Dogs’ Director Dominik Graf』(Zita Short、2022/2/11)
The Film Stage『Dominik Graf on Telling a Timeless Tale with Fabian: Going to the Dogs 』(Steve Erickson、2022/2/14)
STAFF
脚本
コンスタンティン・リープ
Constantin Lieb
1987年、オーバーフランケン行政管区のリヒテンフェルスに生まれる。哲学とドイツ文学を専攻。2014-15年に奨学金を得てミュンヘン脚本ワークショップで学ぶ。2018年のギャング映画『Asphaltgorillas』、2019年のテレビ映画『Eden』などの脚本を手がけ、『Eden』では、リープを含めた脚本チームがグリメ賞特別賞を受賞。本作の脚本で高い評価を受け、2021年のドイツ映画賞の脚色賞にノミネートされた。
撮影
ハンノ・レンツ
Hanno Lentz
1965年、ベルリン生まれ。ドイツ映画テレビアカデミー(DFFB)で学ぶ。ドミニク・グラフとは1998年のテレビ映画ミニシリーズ『Sperling』の「Sperling und der brennende Arm」以降、多くの作品でタッグを組んでいる。また『フクシマ、モナムール』などで知られるドーリス・デリエ監督の撮影監督としても知られており、『HANAMI』(2008)、『フクシマ、モナムール』(2016)、『命みじかし、恋せよ乙女』(2019)などで日本での撮影にも臨んだ。他の代表作に『帰ってきたヒトラー』(2015)など。本作で2021年ドイツ映画賞の撮影賞を受賞。
プロデューサー
フェリックス・フォン・ベーム
Felix von Boehm
1986年にハイデルベルクで生まれ、パリで育つ。ベルリン自由大学で哲学と映画研究を専攻したのち、ルートヴィヒスブルク映画アカデミーとパリのFémisで映画製作を学ぶ。2012年、父親で映画監督のゲロ・フォン・ベームらとともに映像製作会社LUPA FILMを設立。主なプロデュース作品に父ゲロが監督したドキュメンタリー映画『ヘルムート・ニュートンと12人の女たち』(2020)などがある。プロデューサーを務めたマチュー・アマルリック監督作『Serre-moi fort(Hold Me Tight)』が今夏日本公開予定。
CAST
ファビアン
トム・シリング
Tom Schilling
1982年、東ベルリン生まれ。12歳からドイツの名門劇団ベルリーナ・アンサンブルで子役として舞台を中心に活躍し、2000年に映画『クレイジー』に出演して大きな注目を集める。2012年には、ベルリンの街をさまよう青年の災難続きの1日をモノクロ映像で描き、ヤン・オーレ・ゲルスター監督が長編デビュー作にしてドイツ映画賞主要6部門を総なめした『コーヒーをめぐる冒険』に主演し、ドイツ映画賞主演男優賞はじめ数々の俳優賞に輝く。大ヒット作『ピエロがお前を嘲笑う』(2014)も大きな話題を集め、『善き人のためのソナタ』のフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督が、祖国ドイツの“歴史の闇”と“芸術の光”に迫ったヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門出品作『ある画家の数奇な運命』(2018)での若き天才芸術家役も絶賛され、名実ともにドイツ映画界のトップスターに。本作での演技もドイツ映画批評家賞最優秀男優賞にノミネートされるなど高く評価されている。
主なフィルモグラフィー
*公開作は邦題と()に原題、未公開作は原題と()にその訳を表記
2000
クレイジー(Crazy)
バヴァリア映画賞 最優秀若手男優賞
2004
Napola - Elite für den Führer(ナポラ-指導者のためのエリート)
ウンディーネ賞(オーストリア)最優秀若手男優賞
2006
素粒子(Elementarteilchen )
ウンディーネ賞(オーストリア)最優秀若手助演男優賞ノミネート
2008
Robert Zimmermann wundert sich über die Liebe(ロベルト・ツィンマーマンは愛について疑問に思う)
ウンディーネ賞(オーストリア)最優秀若手男優賞ノミネート
2012
コーヒーをめぐる冒険(Oh Boy )
ドイツ映画賞 最優秀主演男優賞
バンビ賞 最優秀ドイツ男優賞
バヴァリア映画賞最優秀男優賞
オルデンブルク映画祭 シーモア・カッセル賞
2013
ジェネレーション・ウォー(Unsere Mütter, unsere Väter)
ドイツテレビアカデミー賞 最優秀主演男優賞
バンビ賞 最優秀ドイツ男優賞
2014
ピエロがお前を嘲笑う(Who Am I-Kein System ist sicher)
2016
Auf kurze Distanz (近距離で)
ドイツテレビ賞 最優秀男優賞ノミネート
2018
ある画家の数奇な運命(Werk ohne Autor)
2021
さよなら、ベルリン またはファビアンの選択について(Fabian oder Der Gang vor die Hunde )
ドイツ映画批評家賞最優秀男優賞ノミネート
    
コルネリア
ザスキア・ローゼンダール
Saskia Rosendahl
1993年、ハレ・アン・デア・ザーレ生まれ。幼少期はバレエ団で研鑽を積む。2010年に映画デビュー。2012年、『さよなら、アドルフ』で主演の14歳の少女・ローレを演じて一躍注目され、多数の女優賞を受賞。2013年のベルリン国際映画祭ではシューティング・スター賞にも輝いた。その他の主な出演作に『ワイルド わたしの中の獣』(2016)、『ある画家の数奇な運命』(2018)など。本作同様にワイマール期を描いた人気テレビ映画シリーズ『バビロン・ベルリン』にも2019年のシリーズ3から出演している。
ラブーデ
アルブレヒト・シューフ
Albrecht Schuch
1985年、イエナ生まれ。2010年にライプツィヒのメンデルスゾーン音楽演劇大学を卒業。少年時代から舞台に出演し、2009年以降は多くのテレビドラマや映画に出演。徐々に頭角を表し、舞台・テレビの数々の俳優賞を受賞。ニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ライナー・ベルナー・ファスビンダー監督がTVシリーズとして手がけたことでも有名なA.デーブリーンの小説をブルハン・クルバニ監督が新たに映画化した『ベルリン・アレクサンダープラッツ』(2020)はベルリン国際映画祭コンペティション部門に選ばれ、シューフの演技も高く評価された。同年の『システム・クラッシャー 家に帰りたい』での演技も絶賛され、ドイツ映画賞で『ベルリン・アレクサンダープラッツ』との2作で主演男優賞と助演男優賞を同時受賞するという栄誉に輝いた。2021年にはベルリン映画祭でシューティング・スター賞を受賞するなど、近年大いに注目を集めている。
イレーネ・モル
メレット・ベッカー
Meret Becker
1969年、ブレーメン生まれ。継父は名優として知られるオットー・ザンダー。幼い頃より女優として活動。主な出演作にカロリーネ・リンク監督『点子ちゃんとアントン』(1999)、スティーヴン・スピルバーグ監督『ミュンヘン』(2015)、テレビ映画シリーズ『バビロン・ベルリン』(2017-)など。1997年ドイツ映画賞助演女優賞をはじめ、受賞歴多数。
ファビアンの母
ペトラ・カルクチュケ
Petra Kalkutschuke
1961年、東ドイツ・ラウフハンマー生まれ。1983年、エルンスト・ブッシュ演劇アカデミーを修了。以降舞台を中心に活動する。リューベック劇場、デュッセルドルフ劇場など数多くの有名劇場で劇場付き役者として活躍してきた。2000年代以降、数本の映画に出演している。
ラブーデの父
ミヒャエル・ヴィッテンボルン
Michael Wittenborn
1953年、ビーレフェルト生まれ。オットー・ファルケンベルク演劇学校で演技を学んだ後、バーゼル劇場、ハンブルク・ドイツ劇場など多くの有名劇場で舞台を中心に活躍。『ありがとう、トニ・エルドマン』(2016)、『そして明日は全世界に』(2020/日本では配信のみ)など映画にも多数出演。
AUTHOR&NOVEL
原作者
エーリヒ・ケストナー
Erich Kästner
1899年2月23日生 - 1974年7月29日没。
父は優秀な革職人だったが、産業化の煽りで工場労働者となり、一家は収入のため、間借り人を置いたり母が働いたりと苦労した。母の願いもあって教師になるために全寮制の教員養成所に入学するが、封建的な教育に馴染めず、教員の道をあきらめる。1917年、第一次世界大戦に召集され、強圧的な上官に苦しめられる。戦後はライプツィヒ大学に進学、生活に困窮していたこともあり、学業の傍ら、新聞社で働きながら、演劇評論、美術評論、風刺詩、政治時評などを執筆。1927年、ベルリンに移り住む。翌年、第一詩集「腰の上の心臓」を発表しベストセラーに。さらに出版社の要望で書いた児童小説「エーミールと探偵たち」が大成功をおさめる。
日本では児童文学作家として知られるが、実際にはユーモア小説や評論、詩集など大人のための作品を数多く残している。自伝的モチーフもそなえた時代と風俗の痛烈な風刺小説「ファビアン」はナチスによって焚書にされた。自由主義・民主主義を擁護し、ファシズムを非難していたケストナーは、大戦中には執筆禁止ともなったが、亡命をしないまま終戦を迎えた。戦後は初代西ドイツペンクラブ会長としてドイツ文壇の中心的人物となり、ナチスを復活させないための平和運動にも尽力し続けた。
原作
「ファビアン あるモラリストの物語」
訳者:丘沢静也
(みすず書房)(2014/11刊行)
新刊
「終戦日記一九四五」
訳者: 酒寄進一
(岩波書店)(2022/6月刊行予定)
児童文学の代表作
「エーミールと探偵たち」
池田香代子 訳
岩波少年文庫(岩波書店)(2000/6刊行)
「点子ちゃんとアントン」
池田香代子 訳
岩波少年文庫(岩波書店)(2000/9刊行)
「飛ぶ教室」
池田香代子 訳
岩波少年文庫(岩波書店)(2006/10刊行)
「動物会議」
池田香代子 訳
(岩波書店)(1999/11刊行)
COMMENT&REVIEW
不況とナチス台頭の時代が現代に通じるなどと、
前世紀に予測した人がいるだろうか。
皮肉と叙情の作家ケストナーの傑作が、
さわやかにそして痛切によみがえる。
悪い時代にもがく若者に共感した。
池田香代子
ドイツ文学翻訳家
戦争とナチスの影。混沌とした時代が、現代の断片も含む時間のモザイクとして圧倒的に描かれる。
自画像を探す人をのみ込む世界は、流れの急な川となり、私達のもとまで迫ってくるのではないか。
石沢麻依
小説家(「貝に続く場所にて」)
幼き頃に小説で出逢ったファビアンに、時を越えての再会。
彼が現代を生きるとしたら、その目には何が映るのか。
生まれ故郷ドレスデンでケストナーと巡り逢えることを願う。
柿原徹也
声優
切り替わる画質たちや白黒映像が、「1931年」と現在との地続き感を意識させる。
平穏や不安、青年時代、戦争、地続きに去来する巨大なものの中で、どうにか生きていく姿が描かれている。
香山哲
漫画家(「ベルリンうわの空」)
誰もが抱えている人生への恐怖。
描写は時代を超えてまさに現代であり、
世の中が様変わりしている時代に彷徨いながらも生き抜いていく様を鮮烈に描いている。
不思議と見終わる頃には生きていることへの幸せを噛みしめた。
今の私達に必要なのは不変的な「自分」を生き抜くことではないだろうか。
木嶋真優
ヴァイオリニスト
この映画の主人公ーーファビアンーーは、爆撃も虐殺も玉砕もない、
ただその前触れとしての、予兆としての不穏な日常の中で溺れている。
この息苦しさは、しかし私たちの日常と無縁ではない。
砂川文次
作家(「ブラックボックス」)
映画の舞台は1930年代のベルリン。当時の狂った時代感は、
今の私たちを取り巻く状況ともリンクするように感じた。
昔のことに恐怖を感じるのは簡単だけど、“今”に対してはすこし鈍感。
そんな人間の性質に対して悔しさと危機感が湧いてきた。
点子
アーティスト
泥濘から抜け出すには、まず泥濘で身を汚さなければならない……
ケストナーが描いたワイマール末期のベルリン。
「泳ぐことを学ばなかった」ファビアン、彼はひとつの普遍的な生に他ならない。
長澤 均
ファッション史家/「倒錯の都市ベルリン」著者
五感を攪拌するような刺激的な映像表現と、際立った音楽センスの良さ、
モラトリアム的な登場人物の錯綜などから、才気走った若手監督を想像していたら、
70歳の大御所監督による映画で、原作は「飛ぶ教室」のエーリヒ・ケストナー。
若き日の彼が生きた1930年代、ナチス台頭直前の倦み疲れた時代背景を前提としながら、
その大部分において色恋や挫折など個人の取るに足りない煩悶を描くのがユニークで、
それゆえ3時間後に訪れた予想外のフィナーレの、歴史のうねりの中に全てが凝集してゆく感覚は、
他に類を見ないものだった。
七尾旅人
シンガーソングライター
ナチスが政権を握るまであと2年という時代を
リアルタイムで描いたケストナーの風刺と、現代が交錯する。
窮乏の中でなお困っている人に手を差し伸べたファビアンを通じて見える、人間の悲喜劇。
深緑野分
小説家(「ベルリンは晴れているか」)
善い行いとはなんだろう。
権力と虚しさ、奪うものと奪われるもの。
彼らが生きた、愛した美しさはどこに残るのか、
川や空が覚えているのだろうか。
沢山の詩を残してくれる、
沢山の人生の詩を。
穂志もえか
女優
戦前ワイマール文化の「ナチスの暴力性に迫害され、潰えてゆく」面だけでなく、
その腐敗臭もほどよく描かれて「だから人々はナチスを選んでしまった」理由も垣間見られる、
何気に深い怖さを湛える作品。
マライ・メントライン
独・和翻訳家/TVプロデューサー
描かれるのは、戦争に向かう時代と、はかない現実と、かなわぬ理想。
それなのになぜだろう、あてどなくさまようファビアンの人生が、
こんなにも豊かで、美しく、崇高なものに感じられるのは。
門間雄介
ライター/編集者
(敬称略・五十音順)
グラフ(監督)はこのなじみ深い主題に、
生き生きとして魅力的な新しい視点を与えた。
Screen International
Jonathan Romney(アメリカ)
斬新な文体で時代精神を捉えようとした試みだ。
Hollywood Reporter
Deborah Young(アメリカ)
古さを全く感じさせない、
生き生きとして現代的な不安感によって、
この映画は突き動かされている。
Awards Daily
Zhuo-Ning Su(アメリカ)
グラフ(監督)は原作小説を予想だにしない視覚体験に仕上げた。
68歳の映画監督は、すがすがしいほど実験的だ。
Indie Wire
Ryan Lattanzio(アメリカ)
ケストナーのテキストの野心的脚色。
いまだに正しく葬られることのない過去と、
それと鏡合わせのような現在との境界をぼやけさせるような、
不思議な感触を持つ嵐の前の不気味な静けさがある。
IONCINEMA.com
Nicholas Bell(アメリカ)
登場人物たちは、夢の中でのみ生じるような矛盾した恐れで満たされている。
計り知れぬ大惨劇の前の恐れ。
しかし、その惨劇は避けられない。
なぜならそれはすでに起こったのだから。
Slant Magazine
Pat Brown(アメリカ)
この映画をドイツの芸術映画の一つだなどと思ってはいけない。
これは単なるノスタルジー映画とは違う。
ヨーロッパでファシズムと極右勢力が再び勃興しつつあることを思い出させる厳しい作品なのだ。
Screen Anarchy
Dustin Chang(カナダ)
グラフは時折ケストナーの言葉を主人公たちにしゃべらせるが、そのやり方は実に見事だ。
観客がこれは現代の言葉なのか、それとも歴史的な言葉なのかと考えることはない。
二つは完全に重なっているからだ。
Zeit Online
Carolin Ströbele(ドイツ)